まるっとゆめ♪note 死にたい病、人生の終わりは果てしなく遠い
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ぷろふぃーる
5歳の女の子のかあちゃん
  「ゆめ」です(*˘︶˘*).。.:*♡

このブログは育児のことをメインに、人生において「学ぶべきものはナニカ」について「誰かのナニカの足しになれば」と、自分の考えていることを発信中。

かあちゃんは「真面目でチャランポラン」になることを目指し、「まるっと」人を包むような優しさを持ち合わせていけたらなぁと思っています♪

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我が家の行事日記をまとめてみました。多くのかあちゃんたちのナニカの足しになればと記事にしてみました。長文注意。
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悩みは尽きない子育て中に困ったカラダのこと。多くのかあちゃんたちのナニカの足しになればと記事にしてみました。長文注意。
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作り方は手抜きですが美味しいです。ズボラになりたい人のナニカの足しになれたらと記事にしました。長文注意。

死にたい病、人生の終わりは果てしなく遠い

※誰かのナニカの足しになればと過去の日記を編集して記事にしています。

私の母親世代の鬱の患者さんが「死にたい」と言い、ついに行動に移してしまいました。その人は運良く助かったけれど、やっぱり鬱だから死ねなかったことを嘆いていたよ。死ぬことに失敗した代償は、見当識障害とかで、認知機能が及ぼす日常生活への影響は大きいから、そのこともまた嘆いてしまう。そして行動に移してしまったことへの罪悪感を噛み締めたり、誰かに許しを請うたり、誰かに救いを求めたり、自分のナニカを責め立てたりしていた。

私のベースはこの人と何ら変わりがないので、いつも死にたいと嘆いている。でも私は看護師だから、誰よりもきちんとした接し方をしているし、誰にも見抜かれない程の演技で「普通に」仕事をこなしている。ただ「死にたい病」に付き合うのは、かなりの労力がいることが分かった。私のベースがそうだから、手に取るように理解してしまうココロ。そのため患者さんが何を語ろうと、共感を示し傾聴をしようと、ほんの一瞬しか効果がないことを知ってるから、段々と面倒になってくる。そこから抜け出そうと努力をしない人には、特に面倒くささを感じられずにはいられない。だからやり過ごすだけの日々に何の意味があるのだろうかと自分に問いかけてみる。長年、死にたい自分と付き合っていると疲弊してしまうんだろうけれど、まぁその努力するという能力とかを持ち合わせてないから、その人の今があるわけだし、もしかしたら縁が足りないのかもしれない。勿論、仕事なので真面目な私に抜かりないが、待つという作業を一生しなければならない、付き合わなければならない本人と家族を想うと「気の毒」になってくる。

人生の終わりは果てしなく遠い。

そんなに毎日が地獄ならば、「あの時に死ねれば良かったのにね」と、可愛そうにと思いながら仕事をしていると、最悪に醜い私をどう処理して良いのか分からず吐き気を覚えてしまう。私は僅な希望を見いだすための作業を手伝っている気分になって仕事をしているので、ただ人のために役立つ仕事をしていると無自覚な人よりはマシかもしれない。もどかしくて表現がしきれないけれど、「揺るぎなく死にたい人は死ねば良い」と思っているのが私の価値観。

「揺るぎなく」。

「揺るぎなく」だから、確実な方法を選ぶべきだと思っている。自分の行動に責任が持てないというのは、色んな意味でするべきではない。あーもちろん私が知らないところだとありがたいよ。病気であろうがなかろうがなかろうが関係なく、下手に馬鹿げた道徳を語るよりは、真面目に「死にたい病」に陥っている人にとっては、この考え方はいくらかはマシなはず。すべてを諦める勇気さえあれば、行動したらいいし、その勇気がないなら、ここで諦めるのは勿体無いから、必要以上に悩んで苦しんだらよい。私のように。ただ、やり過ごすだけの日々はどうかと思うけれど。

突然かかってきた電話で、90歳を超えた祖母が言っていた。「生きることはしんどいけど、ばあちゃんだって頑張っているから、ゆめも頑張るんだよ」と。このとき私は、90歳まで生きてもまだしんどいって、達観できないって、悟れないって・・・もしかしたら未来に治っていない私がいるかもしれないと思うと途方に暮れてしまった。祖母にとっては何気ない私への応援。

やっぱり、人生の終わりは果てしなく遠いのだろうか。

不運にも、事故にあったり、カラダの病気で命を落とす人がいる。未来が真っ白な赤ちゃんでさえ。もし神さまや仏さまがいるとして、その神さまや仏さまはいったい何を考えているんだろう。ただ私に分かることは、私を助けてやれるのは私しかいないこと。そしてちょっとづつ私は良くなっている。だから決して私は「気の毒」ではないと、そう強く願っている。どうかすべての人が「楽」にこの世を生き抜くことができますように☆

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