まるっとゆめ♪note お花畑理想郷に毒を吐いてみた
FC2ブログ



毒親育ち×HSPによる子育て備忘録。時々、解毒剤&中和剤制作中♪ リンクフリー(*˘︶˘*).。.:*♡

Prev  «  [ 2019/08 ]   1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  » Next
ぷろふぃーる
5歳の女の子のかあちゃん
  「ゆめ」です(*˘︶˘*).。.:*♡

このブログは育児のことをメインに、人生において「学ぶべきものはナニカ」について「誰かのナニカの足しになれば」と、自分の考えていることを発信中。

かあちゃんは「真面目でチャランポラン」になることを目指し、「まるっと」人を包むような優しさを持ち合わせていけたらなぁと思っています♪

「more ぷろふぃーる」
My Favorite Things.時々更新してます。

↓フォロー&「いいね」してね♪

「hino cafe ♪ telier 」
↑私のお店でお買い物してね♪

「note」
↑私のnoteに投げ銭してね♪

どうぞ宜しくお願いします_(._.)_

since 2017.1.26
さくひんしゅう
こそだてぎょうじとらのまき
我が家の行事日記をまとめてみました。多くのかあちゃんたちのナニカの足しになればと記事にしてみました。長文注意。
こそだてかんごとらのまき
悩みは尽きない子育て中に困ったカラダのこと。多くのかあちゃんたちのナニカの足しになればと記事にしてみました。長文注意。
ずぼらりょうりれしぴとらのまき
作り方は手抜きですが美味しいです。ズボラになりたい人のナニカの足しになれたらと記事にしました。長文注意。

お花畑理想郷に毒を吐いてみた

寒くなってからココロ持ちというかアタマ持ちの調子が微妙なかあちゃんです。特にナニがあるわけでもなく、冬の寒空のど~んよりした気分といいましょうか。ピーマン評価でいうなら、連日を「なえピーマン」で堪能しきっている感じですね。ま、全てを「冬になって日照時間が短くなったから」ということに押し付けて日々を送っております(・∀・)


今日は気分が向いたので「誰かのナニカの足しになれば」と記事にしてみますね☆

ココロの病克服への近道は、誰であっても自覚的であり続けることだと考えている私ですが、日常生活を送りながら「死にたい」が頭を過ぎるときに、理由が思い当たらないことも多々あるんですよ。食器洗いをしている時に、トイレに座っている時に、大好きなお菓子を食べている時に、娘と遊んでいる時に・・・などなど。その中でも一番嫌な過り方は、あくびをしている最中です。つまり「あくびをしたことを認識した瞬間」に、何故かふと「死にたい」が過ぎるんです。あくびでストレス緩和をしながら、「死にたい」と過ぎることで何らかのストレス緩和をしつつ、それを感知してしまうことで「またかぁ」という別のストレスを蓄積してしまう意味不明な状況です。だから何かしらの思考や行動の合間をついてくる感じですかね。んーでも文章化しても、当事者でない限り伝わりそうにないなぁ。そうですね~「ふと過ぎる」ではなく「ふと漂う」が言葉としてはシックリきます。私が大嫌いなタバコの匂いが、お店で食事中とか散歩しているときに急に漂ってくる感じとよく似ています。自分の意図しないところで起きる現象によって嫌な気持ちになります。

だから「死にたいという言葉の匂いが漂う感じ」と表現したい。

あ、さらに意味が分からなくなりましたかね(汗)これは、ただただ良くも悪くも長年培ってきた「思考の癖」でしかないと思っています。だから漂った瞬間に「私は大丈夫」とココロの中で唱えるようにしています。もう唱え始めて9年近いですが、徐々に効いてきている、プラセボ効果ありだと実感しています。

みなさーん、昔から言われる「病は気から」という言葉を逆手にとり実行しましょう!

さて、今回この手の記事を書こうと思ったのは、私が愛蔵している本の一つ、「母という病(岡田 尊司)」を旦那さまが読んで感想をブログに書いたからです。そしてそれに目を通していろいろと思うところがあったのです。あ、先に断っておきますが、かつてこの本は私のナニカの足しにはなったし、きちんと整理して分かりやすく書かれている、素敵な良書だと思っています。その上でこの手の本に対して少し批判めいたことを書いていきます。

この手の本や関連する本をたぶん200冊ほどしか読んでいない私が言うのも微妙な気はしますが、ピンからキリまであるこの手の本に共通して抱く感想は「病の治し方について、親との対峙をキッカケに関係を修復することで最終的に解決するとのことだが、お花畑理想郷の処方箋という印象。現実の毒親との関係性はやっぱり生易しくなくて、この処方箋を実践したせいで親との関係が更に複雑化・悪化して最悪の方向へ行きかねない。書き手の立場や社会に提供できる表現ではコレくらいしか書き表す方法がないことも理解しているけれど、なんだかなぁ」でした。

なが!

この処方箋は第三者が心から親身に介入して初めて成立する手法です。そしてそんな第三者は普通の人はもちろん専門家の中でも稀です。これは精神科医療従事者として働いていたときに、目の前にいる患者さんを観ていて、誤魔化しは効いても根本的なことが解決することはまず無いという実感からきています。だから病院へ行くことは「自分にレッテルを張るため」という意味しか私には感じられず、そんなことしたくないから自己解決のみを目指していました。

そのようにして当事者かつ紛いなりにも精神科医療に携わった者として、私が私を治すためにした処方箋を書きあげたいと思いました。それはきっと誰かのナニカの足しになるはずと、無駄で無力な使命感を持っている訳ですね~あー相変わらず面倒くさいやつですね~www

ここからが本題ですよ(・∀・)

なが!!

まずはお花畑理想郷の処方箋です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【旦那さまの感想より抜粋】

世代連鎖を食い止める理想形は、病を自覚する→病因は親だと強く認識する→親を憎悪し否定する→親を直接批判する→親の心からの共感を得る→親を許して憎悪が解消される→病が寛解に向かう→遂に精神的な自立を獲得する、という流れであるが、親の心からの共感を得るのは極めて難しいだろう。共感してくれる親であれば、そもそも病に陥っていないだろうからだ。ゆえに代替として身近な人の理解度が重要となる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まさに理想形!をまとめてくれています。そして身近な人の理解度が重要という鍵を残してくれていてありがたやー。旦那さま、今後もワタクシメをよろしくお願いしますね~☆


次は現在進行形、私が歩んできた私のための処方箋です。
(※この処方箋は今後も手直しする可能性あり)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
世代連鎖を食い止める手法は、
→病を自覚する
→親と物理的に離れることで精神的な自立を獲得し始める。自分で作る安全基地確保の第一歩。
→病因は親だと強く認識する
→親を憎悪し否定する
→必要があれば他人に親が嫌いだと軽く公言できる
→妄想を含む自分への他人からの評価に一喜一憂しすぎない処世術を身につける
→他人と比べたものではなく、自分の身の丈にあった活動と休息のバランスを知り実行する
→自分で、多くの自分の安全基地を確保できると、病が寛解に向かい始める
→他人を知ることで、自分がレアな存在の中でもさらに面倒くさいレアだと自己承認する
→自分で経済的な自立をすることによって、精神的な自立と安全基地の確保の強度が増し、病が寛解に向かう
→ここまでの期間も、これからの期間も、親を許すことはないが暴露することもなく、毒されない距離感で世間体を潰さない関わりを継続する
→自覚的かはさておき、世代連鎖で苦しんでいるだろう親を育て直す覚悟をする
→親からの意見は毒されるだけのことが多いため基本的にスルー。ただし柔軟な耳は持ち合わせているように気をつける
→劣等感や老いなどの弱音を吐く時の親を、教えたり慰めたりしながら、かつて得られていなかっただろう安全基地の役割を果たしてあげる
→親のココロが安定し始めると、今の私が毒されることが少なくなる

※↑ここまでは1人でできること。8~9割くらいは大丈夫な自分が手に入ります。

※↓ここからは家族を持ってからできたこと。

→親の間違ったしつけを指摘(対峙)すること無く、自分と娘との接し方を、育て方を見せ続ける。その場合、しつけに関して反対意見などをしてきたときは、基本的にスルー推奨
→親が反省めいた言葉を発し始める。感情にムラはあるも、少しずつ発言と行動が一致し始める
→親の母子分離が諦めなどからきちんとされていき、子どもの自立を受け入れ始める
→親の病が寛解に向かうと、さらに私の病が寛解に向かう
→旦那さまのサポートで、より安全基地が強固になり、娘への良い影響が確保できる
→娘が健全な安全基地で健やかに成長する姿をみて、さらに私の病が寛解に向かう
→幼い頃の私の辛さや親が大好きだったことを認め、自身で私を自分で育てなおすと、さらに私の病が寛解に向かう
→遂に完全な精神的な自立を獲得し、ほぼ病が「完治した」と認識できる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なが!!!

つまり連続した確固たる私の完成を目指してきて、幸せな今があります(*^^*)

人生は全てに意味があり、全てに意味がないと思い、普通に生きている限り、親に深く傷つけられたという事実は、消したくても私から一生消せません。ま、今の私を否定する必要がないので、消したくもないですが、だからといって私は一生親を許しませんよ。綺麗事の正論は、随分前にゴミ箱へ捨ててやりました。私は強い!強くなった!!(・∀・)

でもね、私は「しょうがない」と、そっと横に置いといてやる優しさを持ち合わせています。というか、抑圧されて支配される子どもや、子どもの時に受けた傷を未だに引きずって息苦しい想いをしている人は、そもそも「優しい」のです。だから「なんで親と直接対峙することが治療になるんだ」って感じで、んーそれを奨めるのも実行するのも人として傲慢すぎるというか、医療関係者にさえ解ってもらえていない感にはちょっぴり腹が立ちますね。

私は責任や覚悟という言葉には、他の人より強い感情を抱くようで、困った時期がありました。外の世界を観て自己承認ができるようになってから、初めて多くの人が適当に生きていたことを知ったというか。あと私は「お天道さまがみている」という表現が好きなのですが、バカにする空気のせいで道徳とか宗教的な考えが薄れてきているせいで傲慢と感じる人が増えているのかもしれない。また社会の世代連鎖のせいで大人が大人として存在していないからなのかもなんて・・・どんどん話が広がっていきますね(汗)

えっと話を戻します。例え「親と直接対峙することが治療になる」としか表現できないとしても、です。表現できる立場の人は、私のように表現しているのかもしれませんが、このお花畑理想郷の処方箋は、私にとっては誤魔化しでしかないし、事態を悪化させかねなかったんですよ。まぁ誤魔化しでも治った(つもりになれる)人は、それもまたそれで良いのだとも思います。あとは時間が解決してくれるなんていう素敵な言葉もありますし。

あ、親をバカにしているので、これから更に偉そうな表現をしますよ~良い子の皆さんはマネしないでくださいね~。親に関して、今後は「私が可能な範囲で、世間体を保ちながら当たり前のように親を大事にしてやるだけ」なんです。もちろん1割くらいは素直で純粋無垢な私もいますけどね☆

どうにかして自分自身で、自分が生きていくことを「楽」にしてやらなくてはなりません。そのお手伝いができればと思うんですが、病に留まり続けたい人、というか留まり続けるほうが楽な人は多いです。だからお手伝いは私の単なる傲慢さに過ぎないように感じられ、不甲斐なさや無力感が漂います。結局は当事者の周りにいる人ができることは、寄り添い続ける努力をすることくらいなのでしょう。寄り添い続けるというのは、かなりの疲弊を伴います。旦那さまへ無自覚に私の病を露呈した初期なんか本当に大変だったと思います。否応なしに安全基地をくれる旦那さまに、私を何とかして!と投げつけていたのだから。今だからこそ、旦那さまは旅に出たのは「しょうがない」ことだと思うし、相当の覚悟を決めて戻ってきたのだと分かります。でも旦那さまを許している訳ではありません!と、ココを強調しつつ、いやー改めて旦那さまは奇特な人ですね~w

さて、私は「誰かのナニカの足しになれば」と記事にしてみていますが、コレでナニカできるなんて思ってはいません。書くことで自分の成長を願い、また他人と関わる際の戒めにもしています。ただ、私は「母という病」を、当事者とその人を取り巻く人たちに知って欲しい。現在子育て中の人にも知って欲しいし、というか、全ての人にこの手の本を読んで考えてもらいたいし、小学校とかで教えて欲しいとも思うのです。私は無駄に世知辛い世の中を憂いています。日本の負の世代連鎖を断ち切りたい。だから私にできること、フェルトのおもちゃを作り始めたのかもしれませんね。

いやーしかし、私の処方箋は、親に見込みがある場合のみ有効ですよね。ちょっとでも見込みのある親で良かったですし、それを見つけられるのは自分しかいなかった。だからココロの病克服への近道は、誰であっても自覚的であり続けることだとオススメするのです。

「母という病」を読み終えた旦那さまが「『父という病』も読んでみようか」と言い、それがひと押しになったらしく、面倒くさいし父親の影響はたいしたことではないと、今までできる限りスルーしてきた父親問題が私の中に浮上してきました。そして昨日の夜「母親に叱られてから、夜勤をしている父親に助けを求め、1人で『お父さん助けて~帰ってきて~』と窓から仕事場の方向を見つめながら泣き叫んでいるという5歳頃の私に変身してしまった」のです。えーつまり簡単に言うとフラッシュバックですね~。これは1人で陥るとドップリと浸かってしまいますし、浸っても自力で戻ってこれますが、やっぱり時間はかかりますね。なので旦那さまは私の父親の役割もしたりして寄り添ったり、現実に戻そうとバカにしてみたりと、かなり疲れただろうなぁと思います。ま、母親との関係を感覚的に読み解いた感じを受けているので、新しいこの現象は嬉しいことなんですけど、なんて面倒くさいやつなんだと噛み締めてしまいます。さてさてどうなることやら。結局のところ、自分と向き合い続ければ全てうまくいくし、大丈夫なんですよ。

ここまで長文にお付き合い下さりありがとうございましたm(_ _)m
どうか皆さまが、ココロ穏やかに過ごせますように☆

hino cafe (minne) ←お時間のある方は、是非、遊びに来てください♪


スポンサーサイト

C

omment

P

ost omment


あたらしい
かあちゃん、11~14回目の出勤を終えて思うこと Aug 14, 2019
合唱。あとは前日&本番を迎えるのみ Aug 04, 2019
5歳の女の子、夏休みに初の市民プール Aug 03, 2019
かあちゃん、9回目、10回目の出勤を終えて思うこと Aug 02, 2019
5歳の女の子、コマなし自転車に乗れました! Aug 01, 2019
こめんと
かてごり
ふるい
このみあれやこれやりんく
かうんたー