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ブログタイトルを「陽のカフェ♪トリエ」から変更しました♪ 主に子育て備忘録。 リンクフリー(*˘︶˘*).。.:*♡

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ぷろふぃーる
4歳の女の子のハンドメイドかあちゃん
  「ゆめ」です(*˘︶˘*).。.:*♡

「ブログが新しく生まれ変わりました」

このブログでは育児のことをメインに、人生において「学ぶべきものはナニカ」について「誰かのナニカの足しになれば」と、自分の考えていることを発信中。
自身がもっと「楽」に生きていけれるように、また娘への負の世代連鎖を断ち切ることも目的とした備忘録になります。
かあちゃんは「真面目でチャランポラン」になることを目指し、「まるっと」人を包むような優しさを持ち合わせていけたらなぁと思っています♪

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私のやりたいことは「未来への種まき」♪
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育児に奮闘しながら、息抜きにチクチクしたりもしています。基本的に娘が喜んで遊んだものを、他の子どもちゃん達にもおすそ分けしたい気持ちから、フェルトのおもちゃを「hino cafe♪telier (minne)」 で販売中。
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since 2017.1.26
こそだてぎょうじとらのまき
我が家の行事日記をまとめてみました。多くのかあちゃんたちのナニカの足しになればと記事にしてみました。長文注意。
こそだてかんごとらのまき
悩みは尽きない子育て中に困ったカラダのこと。多くのかあちゃんたちのナニカの足しになればと記事にしてみました。長文注意。
ずぼらりょうりれしぴとらのまき
作り方は手抜きですが美味しいです。ズボラになりたい人のナニカの足しになれたらと記事にしました。長文注意。
ココロのかんごとらのまき
生きにくさを感じる人のナニカの足しになれたらと記事にしてみました。育児中の人にも読んで欲しいかもです。長文注意。
どくおやたいしょとらのまき
親を尊敬する必要はない。親が嫌い。でも見捨てはしません。毒親に育てられた私のココロの処世術を記事にしています。長文注意。

やはり偉業を成し遂げるしかない。。。(ヾノ・∀・`)ムリムリ

学ぶべきものはナニカについて、誰かのナニカの足しになればと記事にしていますが、多くの方にはスルー推奨ですよ~_(._.)_



ずーっとしゃべり続ける娘。
ずーっと遊ぼう攻撃をする娘。

最近、幼稚園のお迎えに行きたくない自分がいます。あの園庭でのママさんたちとの無駄なやり取りが面倒くさいし、帰宅してから娘と過ごす時間がかなり苦痛。とにかく今は、娘に多大なストレスを溜めているようなのです。゚(゚´Д`゚)゚。

幼稚園から帰った娘は疲れているようで、泣きの沸点が低いんですよね。かといって、娘はお昼寝をしてくれないし、体力がついてきたのは良いことだけれど21時くらいにならないと寝なくなりました。寝かしつけに1時間。早いときで40分。ずーっとベッタリは辛いですが、もうちょっと、もうちょっとと思いながら、できるだけにこやかに寝かしつけています。

遊ぼう攻撃については、遊ぶのが無理なときは無理なことを伝えるのも大事だと思っているので、できる限り頑張って冷静に伝えてますが、娘は泣くし、やはり私はイライラは隠せず(隠さないので)、夜に娘が眠ったあとはひどく落ち込むのです。娘はこんなにもおりこうさんで可愛いのに、と。もちろん1日を終える前に私ができるフォローはしているつもりですし、旦那さまにも報告しているのでフォローしてくれているので、娘は大丈夫だと思っています。そしてきっと、こういうやりとりから、娘は他人との距離感を学んだりしていくのでしょうが、負の世代連鎖が気になって私に自信がない分、私はストレスを消化しきれないでいるんだろうなぁ。もともと寝るのが上手ではなないけれど、未だに夜中のオムツ替えを含めて3回目は目が覚めるし、昼寝は娘がうるさすぎてぐっすり眠れないし、ストレスで背中はバキバキになっていて寝苦しいし、頭痛もするし、踏んだり蹴ったりな気分を抱えていますね。

あー今の私は嫌だ。゚(゚´Д`゚)゚。

とにかく私の人生、何をやっても中途半端な感じがしていて、あまり達成感を味わえていないのが辛い。そしてこの辛さを抱えたまま人生を終わるのではなかろうかという情けなさが、これまた辛い。自覚化作業をして自己承認を進めていっても、結局、私を満たしてくれるのは私ではなく、他者承認が大半を占めるのではなかろうか。。。

できない、できないと思って悩み続けていると、できないことを開き直れる日がいずれやって来て、それが自己承認への取っ掛かりになるんじゃないかなぁと思った今日この頃。できないと思って悩み続け、できない理由を常に言語化していって、理想へ近づくよう自分に働きかけつつ、その期間で理想と現実とのギャップをココロが味わい尽くすことが重要で、それにより自分の理想へ近づいたり諦めがついたりするみたいです。

自己承認という壁。

何かしらの行動を起こすとき、どうしても相手に見返りを求めてしまいます。いつも出発点は優しさや思いやりだけれど、いつの間にか相手に期待し、その期待に応えてもらえないと苛立ちや不安を覚えていきます。いえ、事態はもっと深刻で、今までの経験上「どうせ今回も期待に応えてもらえないのだろう」という予期不安さえ抱くのです。それを払い除けながら行動するのはたくさんのエネルギーを必要とし、行動を起こしたあとはずんずんと予期不安が増幅されてしまうという性質があるので、「予想通り期待に応えてもらえないとき」には大きな痛みを伴うんですよね。

この性質の根本的な原因は、幼少期の生育環境において毒親を含めてちゃんとした大人に出逢えなかったことにあると思います。ココロを自己愛で満たすことができないから、他人からの共感や承認がないと安定できない、それが「私」。そうした自覚化が進むに連れて「幼少期に出逢った大人たちが悪い」という開き直りが板についてきました。「他人のせいにしていいんだ」という開き直りは良い子にとって自己承認の取っ掛かりのひとつになります。開き直るまでは「大人は正しいことを言う」「親は絶対的な存在」として良い子に育ってしまっていたわけですから、HSPにとって親の教育や道徳の時間による「刷り込み」は恐ろしいものだということですね。

そこでふと思う。

今までは「相手に期待しすぎて見返りを求めてしまうから私はダメなんだ」という思考をしていました。でも、相手に見返りを求めても見返りを求めなくても、どちらにしても私は辛くて苦しむのだから、いっそのこと「他人にしっかりと見返りを求めても良いんじゃない?」という疑問。

私はいろんなことに良く気がつくけれど、他人は私ほど気が付けない。そしてそれにイライラしてしまう。たとえスーパーのレジの店員に対してさえ気になることはたくさんあるし、加えて言えば恥ずかしいことにこの歳になってもレジに並んで「現金以外の支払い方法は選べるのかなぁ?」とかでドキドキしたりもするので、他人と関わるとエネルギーをかなり消耗します。あ、もちろん表面的には普通に買い物はできますよ。気分の良いときで隣に旦那さまがいた日とかは、レジの人に良いところがあったら褒めたりするおばちゃんになってしまいます。

とりあえず全てのココロの反応を表出すると「おかしい人」になってしまい日常をこなせなくなるので、相手に気づかれないように受け流したりしています。相手と良い関係でいたいし、恥ずかしい大人でいたくないので、日常が全て円滑にいくように頑張っています。多かれ少なかれみんなそうしているのかなとは思いますが、私は「自己犠牲ばっかり。見返りが無くて損な役回りばっかり」と感じてしまうことが多いので、過剰に苦しむんですよね。他人を傷つけるのも傷つけられるのも恐すぎるのでココロに蓋をしますが、蓋をしたココロはかなりやっかいです。その蓋を開けても良い相手は基本的に旦那さまだけですが、気心の知れた相手ならほんのちょっぴり開けたりはします。以前は蓋をつけっぱなしでストレスフルになってココロが定期的に爆発していたのですが、最近はなんとなく上手くこなせるようになってきました。これは旦那さまが私を理解してくれているからでしょう。万が一、旦那さまがいなくなったら、依存度が高い分、私は大変でしょうね。想像すると恐すぎます。依存というと悪い言葉にも聞こえますが、最近は信頼できる相手への依存なら良いことだと思うようになりました。自分が「凄い」と認めている人からの私への承認は、私が気持ち良く生きるためのエネルギーとなるのは言うまでもありません。

と、話が逸れちゃいましたね。見返りの話に戻します。

例えば生まれつき障害のある他人に対してなら、そのせいでできないことがあったとしても、それがその人にとって当たり前のことだと受け止められて、手伝うことを躊躇ったり嫌に思ったりはしにくい。そこに「感謝される」とかの見返りがあれば良いのです。

同じ様に、他人に私ほど気づく能力がなくても、それが当たり前のことだと受け止められるなら、手伝うことを躊躇ったり嫌に思ったりはしにくいはず。そこに「私がやりたいことをできている」とかの見返りがあれば良いのです。

で、見返りが期待薄の場合に、それに合わせて自分の割く労力を少なくなるように行動できたら、私の辛さや苦しみは半減するのではないだろうか。

見返りが労力に見合う。それが対等な関係。

現在気がかりなことで言えば、PTAの場合、文章を書くことをあまり苦としない私が労力を割いて文章を書くことで集会の回数を減らすことができるなら、「時間」が見返りとなります。幼稚園のママさんとのランチ会に参加するのは正直面倒くさいけど、「今後の娘や私の幼稚園での居心地を良くする」という見返りのためなら頑張って参加しても良いかなぁと思っています。

合唱の場合、労力の大きさに対して「私のやりたいこと」の見返りと見合っていないから、歌うこと自体は好きだけど、苦しい。歌レベルが上がったことにより歌唱そのものへの自己承認が既に叶ったため、合唱を続けるためにやる気のないメンバーの元締めをやることの意味を見出せず、見返りが労力に見合わない状態になってしまったということに気がつきました。「言い出しっぺの責任」に負けてとりあえず来年度は動くけれど、この状況に無駄に不安を抱くのは勿体ない気がしてきた。今後、開催できないことになれば、それは私のせいではなく、やる気の無いみんなのせい。先生が私達に付き合ってくれると言っていても、凄い先生をやる気の無いみんなに付き合わせるのは勿体ないと、私が先生の意思に関係なく考えるのも自由なわけで、責任に負けて動けるのは、せいぜいあと2回くらいかなというストレス具合。正直いますぐ辞めても良いくらいのココロ持ちです。

娘の場合、娘と自分の幼い頃を比較してしまって、情けなくなったり羨ましくなってりしてしまうからイライラしているんでしょう。あとたぶん、親に大して遊んでもらえなかった幼い私がいるので、キーキーと対応されたように対応しちゃおうとする体の反応をコントロールするのが大変です。「折り紙の折り方教えて」とか、意味がわからないくらいに体の奥からイライラが湧き上がってくるんですよ。抑えようと思っても抑えきれない。作るお菓子にしてもそう。「教える」が、学校の授業で習うような勉強のことや生活に役立つことなら根気強くなれるけど、私が寝不足じゃないとか体調が万全で無い限り対応できません。私がイライラして語気が強くなってきたら「かあちゃんは教えるのが下手くそですぐに怒っちゃうから、今度とうちゃんに教えてもらおう」と切り上げ、旦那さま任せにすることにしています。大人にもできないことがあるのを教えるのは大事なことだと思うので、かあちゃんはひとりで無理をしません。あと娘からの見返りと労力と見合っているかなんて、短期間で分かることもあるけれど、結局は育ってみないと分からないという不安な感じが辛いのと、娘への期待や見返りで測ってしまう自分が情けないですね。生きていてくれたらそれでいい。

まとめ

・自己愛は自分で満たすものと考えるから苦しむので、自己愛を他人からの承認を通して間接的に満たすのは悪いことではないと開き直るの”も”大事。
・労力と見返りのバランスが崩れると苛立つとしても、見返りを求めないなんて無理なので、見返りを求めても良いという開き直り”も”大事。
・娘のことは、とにかく負の世代連鎖を断てるようにベストを尽くすのみ。旦那さまを頼りにする。

さて、これ以上自己承認が進まない自分に諦めをつけて、「自己承認できない自分」に対して開き直る、という自己承認をしてやることこそが、毒親に育てられた私に到達できる最強の状態なのだろう。

んー・・・。

でも見返りと労力が見合う状況ってどうやって作り出すんだろう。元職場では仕事量を80%に抑える試みをしたことはあるけれど、結局、気になって焦燥感を抑えれなくて全部やってしまったりしたんだよね。看護業務の段取りをいい感じに組んで体力的なセーブはできたけれど、なんか違う。自分は完璧主義なつもりはないけれど、人より気がついて行動しちゃうから他人からみたら完璧主義と見られるわけで、何故か心配されたり疎まれたりしちゃうんだよなぁ。私、褒められたり感謝されたいだけなのにね。どうしたらいんだろう。気づけちゃう自分に、HSPの特性に誇りを持てたらいいのかなぁ。いやーしかし、どう頑張っても見返りと労力が見合うことはなさそうな気がしてきた。今回の自覚化作業が無駄になりつつありますが、遠い未来で無駄ではなかったと思う日がやってくるかもしれないと言い聞かせます。

もしアインシュタインくらい凄い人になれたら、私の人生は満たせれていたのだろうかという、考えるだけ不毛なヤサグレ具合。娘の話から大きな話になった気もしますが、結局のところ私が甘えん坊で大人になりきれていないだけの話なのです。ないものねだりをして何になる。。。私は私で良いんだという強さが欲しい。。。娘の幼稚園が始まって外界との関わりが増えた分、不安定になりやすいのでしょう。最近は毎日「辛い、しんどい」と言っているので、旦那さまは聞き飽きたようです。それでも私は毎日、「辛い、しんどい」と感じてしまうので、このマイナス感情をどうにかして爆発させたいくて、没頭できるチクチクに没頭したいのに、幼稚園のお迎えの時間が来てしまう。やっぱり食べることでしか発散できないんだよ。と、手詰まり感があって、でも食べれない私がいて、もう今の状態はぐちゃぐちゃですな。。。

只今、「全ては時が解決するといいなぁ」という希望的観測な願い、天気が悪いから天気のせいということにしておきます。ぐっすり眠れたら治ると思うんだけどなぁ。。。とりあえず「真面目でチャランポラン」を目指すのみ!これだけたくさん書くとちょこっとスッキリしますねw長文にお付き合いくださりありがとうございましたm(_ _)m
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omment

やはり偉業を成し遂げるしかない
こんにちは~

私の経験をお話しさせて下さいね。

時折、私のブログで
「それいけ係長」っという題名で 仕事のグチを書いております。
その係長、ほとんど仕事をしないのです。
その変わり 私に色々と仕事を押し付けて来ます。

前にもちょっとお話ししたかも知れませんが
パソコン作業が苦手な係長(ほとんど私と年齢が違わない)
ほとんどと言っていい程 私がこなしています。

最初は そういう事がとても苛立っていました。
係長の仕事まで 私がやっている様なモノ。
ですから、私の仕事量は係長の2倍!
ずっとイライラしておりましたが ある時から仕事の仕方を変えました。
(これも前に言ったかも知れません)

では、仕事量2倍をどうこなすか?

私はですね、相手から仕事を頼まれた時に
「後でもイイよ」っと言われてもその時にやってしまう様にしているんです。
自分の仕事は後回しにします。

相手から頼まれた仕事などは 後回しにしたいモノ。
しかしですね、頼まれた仕事を先にこなす事で
自分の仕事は調整が出来るのです。

これを、頼まれた仕事を後にすると
時間調整するのに とても大変。
結局は自分が苦しくなってしまう。
そして、雑になってしまうモノです。

評価としては
「仕事、早いね」
っという事になります。

同じ仕事量なのに、先にやるか 後にやるか
だけで 評価が変わります。
視点の違いで こうも変わるんです。

後は自分の仕事を調整していけば良いだけ。
どうしたら (自分の仕事を)早く出来るかっと考える様になるので
さらにスピードアップ出来ていきます。

当初は 
「なぜ 人の仕事まで こなさなければいけないんだ」
「仕事をここまでやる(やってやる)理由はなんなんだ」
っと、(途中経過に)イライラしておりましたが
最近は あまり考えずに
目標(仕事を終える事)だけを考えて 仕事を進めています。
係長の仕事も仕事なんだなっと!
ある意味、係長はいらないんだ!っという事をアピールする事に
生き甲斐(?)を感じております (^_^;)
(出来れば係長の 首まで 持っていこうと思っている)

参考には ならないかも知れませんが
こういった事もあるっという事を
お伝えしたいなぁ~っと思いました。

すいません・・・いつもの長いコメントで・・・
m(_ _)m


tomパパ URL | 2018/12/04 23:30 [ 編集 ]

Re: tomパパさま
どうもです☆

今回はコメント欄は「それいけ係長」の出張所的な感じになりましたねwそうですね~。tomパパさまは、周囲に「仕事ができない上司の肩代わりアピール」をすることで仕事のストレス発散をされ、同時に職場を回して頑張っておられるというところでしょうか。

同じ仕事量なのに、先にやるか後にやるかだけでも他人からの評価って変わりますね。私は責任感から先にやっちゃう(やっつけちゃう)ので仕事は早いはずです。相手の能力の有無に関わらず最初は私の優しさからくる行動なので、仕事を終えて報告をしたあと、本当に喜んでくれているなぁと思う人には抱かないストレスの話でもありましたね。でも、仕事ができない劣等感や言い訳、頼んで申し訳ないみたいなものを強くお持ちの方から仕方なく仕事を取って関わることが多いので、ちょっと疲れることの方が多いのです。見返りと労力が見合わない感が満載。そう考えると元職場は割と良い環境だったのかもしれません。

例え、のらりくらりとしている上司だとしても、部下が仕事をこなして職場が回るというのは、一応会社としては上司としての仕事(役目)は果たしているということなので、あまり深く考えすぎると「自分は会社のコマにすぎない」というネガティブな感じになっちゃうこともあるし、だからこそお仕事のストレスって大変ですよね。上司が凄すぎると、部下は劣等感を抱いてついていきにくくなっちゃたり、そこをカバーするのがコミュ力だったりマンパワーを集結させるようなバランス感覚だったりします。でもコミュ力だけを重視し過ぎている今の社会ってどうなんだ?理系や職人さんを大事にしてこなかった社会というような話をしたくなってきますが、とりあえず仕事の話で上司には「人を育てる力」が必要で、そこが子育てと共通しているのかなぁと思いました。

「人(子)を育てる力」は親の力量にあり。

子育ては「目標を持って時間内に終わらすことができない」ことの方が多いので、これが多大なストレスになっていますね。娘の終わりのない遊ぼう攻撃に、仕事のような区切りがあったりお金を貰えたり労いがあったりと、目に見えて分かりやすい対価があったなら私もここまで悶々としないんでしょうね。でもまぁいいんです。最大の対価は「娘は健やかに育っている!」なので。。。こうやって文字にするだけで少しストレス発散になります。いつもtomパパさまには私のしょうもない愚痴にお付き合いくださって感謝ですねm(_ _)m近い未来、係長に昇進できるといいですね♪

ゆめ URL | 2018/12/05 12:10 [ 編集 ]

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ふるい
このみあれやこれやりんく
かうんたー