まるっとゆめ♪note 赤ちゃんの頃の私を育てなおす
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毒親育ち×HSPによる子育て備忘録。時々、解毒剤&中和剤制作中♪ リンクフリー(*˘︶˘*).。.:*♡

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ぷろふぃーる
5歳の女の子のかあちゃん
  「ゆめ」です(*˘︶˘*).。.:*♡

このブログは育児のことをメインに、人生において「学ぶべきものはナニカ」について「誰かのナニカの足しになれば」と、自分の考えていることを発信中。

かあちゃんは「真面目でチャランポラン」になることを目指し、「まるっと」人を包むような優しさを持ち合わせていけたらなぁと思っています♪

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赤ちゃんの頃の私を育てなおす

いつものように毒親系の「学ぶべきものはナニカ」について、自分のためと「誰かのナニカの足しに」なるかなぁと思って記事にしています。なので多くの方にはスルー推奨ですよ_(._.)_



先週は良い感じに毒親系の文章化をしていたんですけどね。ちょっと下書き保存をしておこうとポチッと押したら、ログイン画面に戻って消えちゃったんですよ。同じ失敗を何度もしているので「コピーをとってからポチッとしよう」と気をつけているのですが、忘れちゃいました。。。これは「もうちょっと自分の中で温めなさい、考えなさい」ってことなのだと諦めて、どうやったら憂鬱な気持ちに区切りがつけられるのかを考えていました。そんな中、とあるネットニュース記事にて、毒親ブームに警鐘を鳴らすように「親には親の思いがあります。(親に)目を向けないのはフェアじゃない。子供にも親の気持ちを分かってほしい」という意見を目にしました。

私は読んでちょっとカチンときたんですよ(^_^;)「あ、この人は何も分かってない」と思いました。。。すみません。。。もちろん毒親ブームの反動がそろそろ出てくる頃合いだとは思いますが、でもね、完全に前提が間違っているんですよ!(怒)えーっと、私は声を大にして言いますよw

親と子どもの関係は「フェア」ではありません!!!

(自分の娘が「お空の上で見ていたら、かあちゃんが泣いていたから助けに来たんよ」と教えてくれたときはほっこりしましたが、それはさておき)子どもは親を選ぶことはできません。そして3歳位までの幼い子どもにとっては親との生活が世の中のほとんど全てであり、複雑な世の中の大人の事情なんて知りようがありません。これではどう頑張っても親と子はフェアにはなりませんよね。親が間違えることもある。親が完全じゃないのも分かる。でもだからといって親が子どもにフェアを求めるのは、それこそ子どもにとってアンフェアですよ。

だからこそ、私は娘を親の庇護のもと健全なココロに育てたいと願います。まぁこの願いは親子関係に限らず「先に生きるものとしての知恵であり、幼き者を守るのは当たり前なこと」だと私は考えています。で、毒親育ちは特に、できる限り自覚的に気をつけて子どもを守り育てなくてはならない。そう考える私にとってネットニュースで見た浅はかな発言は「親の未熟さによる間違ったしつけのせいで、子どもが苦しみを抱えながら生きるのは仕方ない。最悪の場合は死に至っても仕方ない」と言っているようにすら聴こえてきてしまいます。お花畑の理想郷すら持ち合わせていないのだと、カチンときました。



【毒親と子の関係は支配関係】

自分が親になった今、娘に対して「親にも事情があるんだから解って欲しい」という気持ちが片隅に無いわけではありません。「愛だ正義だ道徳だ」と毒親から呪いのように刷り込まれているからだと思います。負の世代連鎖を断ち切るために、この辺りに自覚的であり続けて行動することが娘のためにできることなので、「親にも事情があるんだから解って欲しい」で思考停止せず、事情ではなく事実を説明し、その上で「かあちゃんの至らなさや過ち」を認め、きちんとなるべくその日の内に娘に謝っています(ここが一番重要!)。そしてこの謝罪は子どもが幼い内にするべきことであり、子どもが大人になってから「過去の至らなさや過ち」を謝っても手遅れです(逆にむしろ溝が深まります)。

なので、(遅すぎたとしても謝ることが大切な場合も少なからずありますが)謝ったからといって「許してもらえる」なんて甘い期待をするべきではありません。毒親の謝罪が「表面的な繕い」だと身に沁みて思い知っているので、謝罪によって「もしかして親としての姿勢が変わったかも?謝ったことへの評価をしてみようかなぁ?」と一瞬思えたとしても、すぐに「いやこれは毒親の一時的な気の迷いだから期待するだけ損だ。謝った以上許さないほうが悪者、という風に責任転嫁しようとしているだけだ」と思い直すでしょう。だから私は今更いくら謝られても絶対に毒親を許せないと思います。大人になった今、毒親の事情とやらを解ってやれないことはないけれど、間違ったしつけしかできない親の未熟さを隠すために、子どものせいにして自己正当化していた毒親を許せるはずがありません。そのせいで今もなお苦しんでいるのですから。

結局、どこまでいっても毒親と子の関係は支配関係です。「良い子でいなければならない」という呪いのせいでこの苦しみを毒親にぶちまけることも、絶縁することもできません。毒親と会えば私は「良い子」であり続けて、その度に深いダメージを負うのです。「良い子」でいなければ今以上に親から虐げられる=ココロが死ぬ、という価値観に支配されていて、それが今も呪いとして頭にこびりついているのです。

子どもは親から逃げて生きていくことはできません(実際には日本ならなんとかなるのでしょうが、幼い子どもにそんなことは分かりません)。なので親子関係はフェアであるわけがなく、だからこそ毒親から逃げられず毒に侵されてしまうことが問題視されているのです。毒親が子どもを支配するという不健全な親子関係の中では、「発達段階に合わせて徐々に子どもを対等に扱う」という理想的な教育は成り立ちません。事実、私は大人になった今でも、精神的に毒親に支配され続けています。向こうは謝罪によって対等性を演出してみせているのかもしれませんが、こちらとしては全く対等にはなれません。支配関係の謝罪自体が支配関係の発動になってしまうので、もう何もかも手遅れです。



【毒親が大嫌いという罪悪感が育んだ自己愛】

自分の気持ちを正当化するための自己愛は「健全な親子関係」が育んでくれるものですが、毒親の下では育むことはできません。毒親なんて大嫌いになって当然ですが、自己愛が育くまれていないので、親を嫌うことに「良い子ではない」という罪悪感を抱いてしまいます。罪悪感は自分の生み出した幻想だと知っていても、刷り込まれた呪いをコントロールするのは難しい。ツライことの全てを毒親のせいにして正当化しても、今度はその正当化に罪悪感を抱いてしまう。

だけどその罪悪感が私の自己愛を育んだのです。

私はひたすら毒親エピソードを言語化したり、繰り返しツライ気持ちを味わって「私が毒親を大嫌い、というのは悪いことじゃない!」と言い聞かせてきました。まず罪悪感があって、その罪悪感から逃れるために、毒親の毒性を認めて「良い子でいられない自分」を肯定することで、自己愛を育みました。罪悪感が自己愛を育む原動力になっていたのです。



【毒親と私の違い、私と娘の違い】

私は保育園に行くのが怖くて仕方ありませんでした。外で嫌な思いをしたとしても、そのダメージを癒やしてくれるような親では無かった(6歳手前まで指しゃぶりしていたので、いかに甘え不足だったかが分かります)。嫌な思いをしやすいHSCである私にとっては、外に行くことはダメージを蓄積し続ける行為だったのです。例え勇者でも宿屋が無ければ冒険はできないのです(笑)しかし娘は私と違い、初日から一度も泣きませんでしたし、慣れた今となっては幼稚園に行くのが楽しみで仕方ないようです。

私は毒親から間違ったしつけのせいで外へ出るとダメージが蓄積されるだけでしたが、私は娘に間違ったしつけをしたときに娘のせいにするのではなく、自身の失敗を認めて謝っています。いつも可能な限り毒を薄めていますし、私の生い立ちを理解してくれているチャランポランの旦那さまが、毒をさらに中和して娘がチャランポランになれるように守ってくれています。私と同じHSCで恐がりな娘ですが、そんなこんなでちょこっとチャランポランに成長したので、ありがたいことに充実した幼稚園ライフを送れているようです。

健全な家族関係による安全基地としての家庭があるから、怖くてもダメージを受けるとしても外の世界へ羽ばたける。娘の逞しい姿は、毒が薄まり負の世代連鎖が断ち切れてきているという証です。

そういえば娘が生まれてから毒親が反省の弁を述べることが増えました。つまり「親にも事情があったんだから解って欲しい」と言っているのです。そして自分の過去の失敗をなかったことにしたいがために、「同じ失敗をするな」というニュアンスで私と娘との関わり方に口を出してきますが、完全にウザいですね。でも口ごたえはしませんよ。



【行き詰まっている自己承認問題】

自覚的に「良い子」でいることを選んでいる私。呪いによって「良い子」でいることを選ばされている私。どちらも本当の私です。親は大嫌い。でも親から大切にされている自信がなく、これ以上親には嫌われたくないし支配され続けたくない。できたらどんな私でも好きでいて欲しいし悲しませたくない。ココロ模様の振り幅が大きいからこそ苦しみがあるのですが、とりあえず毒親との良好な関係を表面的にでも維持するために、私は頑張って毒を食らっては消化しての繰り返しをしてきました。しかし、どうもその手法に限界が近づいてきたような気がしました。


あるとき娘に放ってしまったこの言葉は、毒親と絡んだせいでストレスが溜まってイライラした極限状態だと、今の私には対処法が無いという気づきをくれました。娘にとっては大好きな祖父母ですし、今の私には毒親との絶縁を選べません。自己承認問題は娘が生まれる前に解決しておくべきでしたが、そんなに都合良くはいかず、娘との関わりの中で「私にも事情があったんだから解って欲しい」という甘えが過ってしまうのは情けないです。冒頭で紹介した「カチンときた主張」が、私の中にも染み込んでいるのです。情けない。

自分の悪いところはたくさん言えます。でも自分の良いところもたくさん言えるようになりました。私の手で作り出した作品を購入してくださる方から他者承認を得ました。PTAで「文章書けてPCが扱える人」という他者承認も得ました。合唱でみんなが一緒に歌いたいと思ってくれているのも他者承認になっています。FC2ブログで出逢った皆さまにも優しくして頂いています。そして他者承認を通じて自己承認が進みます。そう、だから若い頃よりも確実に自己承認レベルが上がってきています。ありがとうございます。

とは言え、それでもやっぱり、健全な家族関係のよる幼少期から育まれた根本的な自己承認と比べれば不安定です。他者承認に基づいた自己承認なのでどうしても安定性に欠けるのです。



【赤ちゃんの頃の私を育てなおす】

これは恥ずかしいことですが、私の頭の調子が悪過ぎるときは、いつも旦那さまにヨチヨチバブバブしてもらっています。そして私は娘をヨチヨチバブバブするのが大好きなのですが、娘が大きくなったのでその頻度は激減してしまいました。娘の成長は嬉しいのですが、寂しくもあります。でもそこで気がついたことがあるんですよ。

「大人の自分が幼い時の自分をヨチヨチバブバブしたら良いんじゃない?」

まぁ普通に考えたら意味不明ですよねwでも今までの自覚化の作業の中で、元々は親から安全基地を与えられずに外の世界に怯えながら生きてきた結果、自分は必要のない人間だと感じ、徐々に「死にたい」という気持ちを持つようになりました。そして親に生活を支えてもらっているにも関わらず「死にたい」と思ってしまう自分に罪悪感を抱き、そのストレスを緩和するため&生きているという感覚を得るために「リストカット」の映像を頭の中で流していました。だけど「リストカット」の映像を頭の中で流している自分にも罪悪感を抱くので、「私は死んだ方が良いのでは?」という疑念を強め、それを払拭するために毒親の愛を求めてみるけれど一向に得ることができないので「死にたい」と思ってしまうという無限ループ地獄。よって「悪い思考」の繰り返しがどんどん強化されちゃうことは経験済み。で、それを壊すために「良い思考」の強化をしたら良いと思い、「私は大丈夫」と呪文のように唱えていた時期があったので、それもちょっとずつ効いてくるという効果は実感済み。

なので、「セルフ・ヨチバブ」を思いついた時、「お?これはいけるかも♡」という感じがしました。

でね、理性では馬鹿らしいと思っているのですが、「大人の自分が幼い時の自分をヨチヨチバブバブする」というイメージの映像化を何回か試みたんですよ。そうしたら想像していたよりも心地良かったのです。これを始めて2ヶ月くらい経ったのですが、「疲れた」「ツライ」「死にたい」などのマイナス感情が強く湧いてくると、自動思考的に「リストカット」の映像ではなく「ヨチバブ」の映像になることが増えてきました。

「よしよし。恐いんなぁ。おりこうじゃなぁ。大丈夫だからな」

赤ちゃんの私を左手で抱っこして、右手で頭をなでています。感覚はとてもリアルで、赤ちゃんだった娘のときと同じように赤ちゃんの自分をヨチバブ。いやー自分の想像力に驚きですよ。娘を育てたからこそ分かる赤ちゃんのあやし方。またHSPという概念を知って自己承認が進んだため、抑圧していた感覚を取り戻したからこそ得られるリアルな感覚なんだと思っています。ここでちょっと注意したことは、赤ちゃんのときの娘の顔は私とウリフタツなんですよね。そしてこの映像の変化を旦那さまに話をしたとき、旦那さまはすぐに「良いこと」として喜んでくれましたが、すかさず私に念を押しました。

「ゆめ(私)と娘は違う人間だからな」

分かってます。分かってます。当然です。旦那さまの心配を蹴散らせるほどにリアルな感覚なので、同一視していることなんてありえません。私はちゃんと「赤ちゃんの頃の私」をセルフ・ヨチバブできていますよ。

ちなみに「赤ちゃんの頃の私」というのはイメージ映像では1歳前後くらいな感じです。たぶん「生まれたての頃の私」は旦那さま一人に育て直されて、「そこから先の私」は旦那さまのサポートを受けながら私が主体となって育て直していくのでしょう。そうして「私」が成長していけば、遂に念願の「三つ子の魂」を獲得できるのかもしれません。・・・イメージの話ばかりなので、読んでくれている人に伝わる自信はありませんがw

ここで、また不思議な考えが過りました。もしかして「疲れた」「ツライ」「死にたい」を感じる回数が多いほど、育てなおしの機会が増えるからもっと自己承認が進むのではないか。さらに言うなら、毒親と積極的に関わって毒を喰らえば喰らうほどに自己承認が完成へと向かう状況が整いつつあるのではないか。ついに毒親が薬親になる日がやってくる!?良薬は口に苦し的な感じなのかもしれない。あ、娘との関係を毒親に見せることで、親の育てなおしも込みになっているから一石二鳥だ!なんて考えていると、ちょっぴり希望が湧いてきます。

毒親と関わると言えば、年末年始に咳喘息の薬が合わなくて実家へ帰省しました。カラダとココロが弱っていると毒がキツかったです。だから今回のように長引く轍は踏みたくないので、今年は減量に力を入れているのですが、サクッと成果が出ないのでやきもきしています。只今PTAがストレス大で暴食エンジンがかかりつつあるのを、ちょこっとだけ追加で食べてなんとか抑えています。健康さえ取り戻せば、ストレスが溜まってイライラした極限状態に陥ることはなく、妖怪ちゃぶちゃぶ娘が現れても「なんであんたはそんなんなんで(怒)」と思わず人格否定してしまう事態にはなりません。よって今後は健康なときに適度な間隔で毒を喰らいに行くのが妥当なのでしょうね。

毒親に関する書籍では毒親との対峙することの重要性も語られています。毒親育ちで絶縁された方は毒親との絶縁を勧めています。専門家でも「親は無かったものと思え」と言う方もいるようですね。でもね、私はそれらをやってのけるだけの強さは持ち合わせていません。毒親から物理的・心理的な距離を置くことには賛成ですが、毒親から教育された「1か0」的な発想は「間違い」だと私は知っています。だからこそ今の距離感で毒を喰らいながら消化することを繰り返し、私は大人になろうとしている。毒親育ちの皆さんはどう生きていきたいと思いますか?



今回は久々の大作に旦那さまの編集が入りました(^_^;)1月9日の誕生日に猛省してから文章化(消化)に至るまで17日かかりましたね。そしてその間は、どうやって言葉にしたらいいのか悩んでいてずーっと憂鬱だったので、カチンとくるネットニュースに出逢えて良かったですw

ここまで長文にお付き合いくださった皆さま、本当にお疲れ様でした(〃∇〃)

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C

omment


こんにちは~♪

赤ちゃんの私を育てなおす、を読んで
ちょっと思い出したことがあります
漠然としててスミマセンが、何かの
ヒントになれば

自分の父親(故人)がアル中でした
自分はいわゆるアダルトチルドレン
なのだと思います

アル中家族の会に参加したことがあり

http://www.al-anon.or.jp/about/property.html

12のステップの10にある
「自分の棚卸しをする」部分では、
文章には出てないけど、子供の頃の
自分を認めてあげるという行為も
含まれてるので似てるかな?

あ、「神」が結構でてきますけど
宗教ではないトコが面白かった(笑)

aonekopapa URL | 2019/01/28 15:16 [ 編集 ]

Re: aonekopapaさま
こんにちは(*^^*)

機能不全に陥った家庭の子どもにはACの方は多いですよね。
aonekopapaさま、何気にカミングアウトをくださりありがとうございます(〃∇〃)


http://hinocafetelier.blog.fc2.com/blog-entry-437.html


ここに、それっぽいことを1年前に書いたのですが、
見直してみたら「子供の頃の自分を認めてあげるという行為」の部分がありませんね。

自分では随分前に子供の頃の自分を認めていたつもりで、
当たり前のことだと思っていたのですが、
振り返ると具体的に注視した記憶がなかったです。

「言葉で言うのは簡単」&「言葉で知っていただけ」
というやつだったのでしょうw
そこを言語化して追加しなくちゃなぁ~と思いました。

以前の私は「大人な私」が「子どもな私」を「可哀相」だと思っていただけ。

あー自覚化作業しなくちゃ!
12のステップくらいシンプルに、神とか使わず分かりやすく表現できたら
ACやその周りの皆さんにも分かりやすくて助けになるのかなぁ?なんて思ったりしました。

んー難しい。。。いや、するしかない!

aonekopapaさま、ヒントになりました♪
ありがとうございます_(._.)_

ゆめ URL | 2019/01/29 09:26 [ 編集 ]

P

ost omment


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